Scxxxers is...

散文その他。全て読み切りです。

17番目

Tが自室でソファに凭れて、少年漫画雑誌を読みながら、『カールスティック』を食べていると、髪をドレッドに編み上げた友人のMがノックもなく入ってきた。Mは勢いよく玄関を入ったものの、どう振る舞っていいか判らず、数秒間、そこに沈黙のまま立ち尽くした後、取り繕うように「こんにちは」と、言った。『カールスティック』を咥えたまま、少しばかり唖然としていたTもその奇妙な空気をかき消すように「これは親友のM君、こんにちは!」と、言ったが、三日ほど人と接していないTは自分が予想以上に大きな声を出してしまったことに気が付いて、赤面、またしても沈黙が7畳のワンルームを包む。Mはそんな様子のTを慮って、なにか言わなければと思い、『カールスティック』を指さして、「それはなにを食べているのですか?」と、興味もないのに聞いてみた。Tは水を得た魚のように、顔を輝かせて、「カールスティックですよ!」と、答えたがその次の言葉が見つからない。おざなりな質問とはいえ、とりあえず口火さえ切れば、会話のストロークが爆発的に絡み合ってこの息苦しい緊迫感も消え、自然と用件が切り出せると考えていたMは、自分の認識が甘かったことを知る。Mは仕方がないので、その場に腰を降ろしながら「実は相談があるのですよ」と、いきなり本題に持って行くことにした。Tは「と、いうと?」と大袈裟にも見える動作でMを見直した。そして、Mは話し始めるのだった。
「最近彼女が出来たのですが。すごくいい子なのですよ。バイト先で知り合ったのですけれどもね。すごくいい子なのですが、実はこの子がわけの判らない宗教に凝ってまして・・・。かなり、そこの教祖様に傾倒しているようで・・・・。それで、この前初めて彼女の部屋に行った時なんて、その教祖様とかいう人のティーシャツ着ていたり、壁に特大サイズのポスター貼っていたり、一緒にお祈りしようと言われるし、本当に困りましたよ。いい子なのだけれどなあ」
TはMの、白い衣服に身を包んで顔を引きつらせている(恐らく笑っているのだろう)胡散臭い中年男のイラストの入ったティーシャツに目を落とした。その視線に気付いたのか、ちょっとはにかんだような表情でMは、「あ、これは彼女から貰ったのです。彼女が着ていたティーシャツと同じものなのですけれど。Tさんに見て貰おうと思って着て来ました。どうですかね?ジャストサイズで着れば、まあ、デザイン的にもアリかなって感じはしているのですが。……僕はね、それが例え悪徳宗教団体のものでも良い物は認めていきますよ。法外なお布施を要求されるとか、軍隊を編成しているとか、確かにあそこは怪しい噂の耐えない団体ですけれどもね。現在の日本では極端な話、犯罪者の作品や表現は評価しないというのが概ねの世論ですけれども。そんな事言っていたら日本はどんどん他の国から置いてきぼりを食らっちゃうんです。もう一度言います。このティーシャツはジャストサイズで着れば、まあ、デザイン的にもアリかなって感じがしますとも!」
と、身振り大きく力説するMだが全く持ってナシなデザインのティーシャツがその全てを台無しにしている。とりあえずTは、「なるほど・・・」と腕を組んで考えている振りをして、置いてある少年漫画雑誌の表紙に載っているキャラクターの数を数えていた。七人いた。まだまだ、Mは話していたがTは頷きながらも悉く違うことを考えていた。そして、結果、急にボーリングがしたくなった。頭の中で、当初は全てのフレームでストライクを弾き出して高得点を連発して行く自分自身の姿を想像していたが、それがいつの間にか、すごい速さで迫って来る真っ白なピンを拳で粉砕していくイメージに変わって行った。ボクサーのような構えを取り、やや腰落としパンチを繰り出す瞬間は腕からじゃなく肩から拳を出して対象物に目掛けて回転させる。ピンは陶器のような高音をたてて砕け散っていく。Tはその音に言い知れぬ充実感を感じる。やはり、この「音」が大事なのだ。クイズ番組で回答者が正解したら派手な正解音とも言うべき音が鳴り響く。あの演出が無ければ決して誰も問題に答えないし、誰も問題を出題しないし、誰もテレビを見ない。そうだろう?と、『カールスティック』を片手にソファに座ったままのTのイメージしたTは拳を突き出しながら考える。その間も絶対に手は休めない。すごい速さで飛んで来るピンからは絶対に目を離さずに、ひたすら基本を忠実に守り、フォームを崩さずに、近付いて来たら打つ(左パンチ)。来たら打つ(右パンチ)。来たら打つ(左パンチ)。来たら打つ(右パンチ)。来たら打つ(左パンチ)・・・・・。
熱心に話し続けるMは、そんなTのあらぬ思考の方向に気付くこともなく、「そんな感じですかねえ、Tさん」と、話を一旦、締めくくった。Tは急に自分の名前を呼ばれて、ビクッとして、その驚きようをしっかりとMに目撃されてしまった。きっと、全く話を聞いていなかったのがばれてしまったに違いない。MはじっとTを見ている。Tは自分の前に大きな困難が立ちはだかったのを感じた。一瞬、「謝罪」の二文字が脳裏を掠めた。しかし、Tは考え直す。ここで挫けてはいけない。この大きな困難という山を乗り越えるのだ。急な坂道を一歩一歩登っていくのだ。
そして、背中を丸めてソファに座っていたTは、ゆっくりと立ち上がった。
西日がベランダ越しに部屋の中を照らし始めた。 fln