Scxxxers is...

散文その他。全て読み切りです。

10番目

前にも一度言ったかも知れないが、おれは部屋で音楽を聴く時は出来るだけヘッドフォンを着用するようにしている。何故かといえば簡単な話で、おれは音楽を聴く際、出来るだけ大きな音で楽しみたいのだが、それを思慮なく実行した場合、スピーカーから溢れ出す爆音により隣近所の奥様からの苦情、それが昂じて事件に発展するような羽目には陥りたくないからである。大袈裟だと思うかも知れない。しかし例えばチョコレート。チョコレートといえば、ガンや動脈硬化などの病気の原因とされる活性酸素の働きを防ぐカカオ・ポリフェノールという成分が多分に含まれる言わばちょっとした健康食品といっても差し支えのないものだが、それがメディアなどにより人々の間に浸透したのも最近のように思える。それまでは、子供を泣き止ませるためのただの甘い甘い食べ物だったのだ。時を遡れば、チョコが「悪魔の食べ物」とされて忌み嫌われたという歴史もあるくらいだ。それが今ではどこの家庭のお父さんもお母さんもお姉ちゃんも弟まで家族みんなチョコレートが大好きだ。家族円満には板チョコ1枚あればいい。本質的にチョコレートが嫌いな人間なんていないだろう。チョコレート片手に大きな爆弾を人ごみで爆発させるなんてこと思いつく筈がない。人を騙そうなんて考える筈がない。『I LOVE CHOCOLATE』と、茶色の溶けたような字体のプリントティーシャツを着た若者が街に氾濫している今、いつ物事の表裏が翻るのかは誰にも判らないのだ。
話を戻そう。近所の主婦に関しても然りだ。
もしも、隣の主婦が極端な話M16A1(アサルトライフルなどの銃器を持っていたらかなり、嫌だ。
夕食の支度の最中だったのだろうか彼女の身に付けている純白のエプロンとM16A1というミスマッチにある種の斬新さを感じている場合ではなく、魚眼レンズでそっと覗いてそんな場面に出くわせば、ドアを開けていいものか開けないでいるべきか。お隣さんだし本当は開けてあげたい。気持ちのいい笑顔で迎えてあげたい。「いいお天気ですねー」とか言いたい。でも、開ければ凶弾の餌食になること請け合いだ。あるいは、ドアを開けないにしろ居留守ばればれで、両者の間に気まずい空気は残るわけで(これからの近所付き合いなど)、しかもおれが爆音に耐えうるほどの健康体であることもばれているので、やっぱり出ないわけにはいかないのであり、そうなると覚悟して玄関の扉を開けて、後はもう連続して飛んでくる弾をなんとかよけきるしかないわけだ
多分、相手はおれに「すんません」を言う間も与えず、間髪いれずに銃撃するだろう。なぜなら、彼女もせっかく手に入れたM16A1をどこかで使用するチャンスを今か今かと待っていた筈だからだ。100パーセント予測だが、彼女は、結婚15年目位の夫との仲も隙間風が吹き始め些細なことですぐ諍いに発展して気苦労が耐えない上、現在中学2年生位の息子は年々生意気になって行き、最近は碌に口も聞いて貰えない、週一度位で通っているカルチャースクールも飽き気味だ。出会い系などで知り合った年下の彼からは一度会ったきり連絡がとれない。そんなこんなの鬱憤を晴らすことも出来ず、彼女はどこかで手に入れたM16A1をこっそり磨いている。その時に、爆音という名のゴーの合図。なにがなんでもおれを仕留めようと躍起になるに違いない。熊を追うマタギのように。それはもうすごい形相で!(ここでこのライフルが彼女にとっての「性衝動」の象徴だ、と言ってしまうのは簡単だ。だがそれを言及してどうなるというんだ?誰が得をすると言うのだろう?)。
と、いうことで、何度も意見を変えて申し訳ないが、矢張り、玄関の扉は開けないでおく。辞めておこう。とはいえ相手はM16A1を手に入れているほどだ。ついでに特殊工作の訓練も受けているに違いない。どれだけ、厳重に戸締りをしていても(鍵みっつとか!)、その主婦は巧妙な手口で入り込みしかも、おれが、映画『アリゲーター』(わにの映画)をビデオで鑑賞していたりする時や、あるいはトイレで瞑想のようなことをしてマントラとかを唱えていたりする時にわざわざ侵入してきて、おもむろにおれの頭に銃口を突きつけて、言い残したことはないか?と訊くだろう。おれは言い残したことはないが最期に煙草を吸いたいのだ、と言う。
そこでおれは、諦念の極みで紫煙を燻らせながら生まれて初めて自分というものについて考えを巡らすのだ。BGMには先ほど爆音で聴いていたアイルランド人のバンドが奏でるノイズロックが頭の中で鳴り響く。おれは幼い頃から音楽を聴くことが好きなのだった。音楽を聴いていると、頗る心が豊かになるように思えるからだ。歳を重ねるに連れて様々なジャンルの音楽に触れていった。それらは体の中に蓄積されていずれ更なる何かに昇華すると信じて疑わなかった。だが、この状況になって初めて判ったことがある。そんなものは幻想なのだと。音楽ってやつはテレビから垂れ流されるアイドルポップだけで充分だと!若者たちに伝えたい。システムコンポなんてベランダから投げ捨てろと!ついでに、その何度も読み返した古典文学も、宝物のように大事にしているあの名作映画のDVDボックスも纏めてダストボックスに放り込め、と!「個性」なんて言葉は糞だ。色々な言い訳を並べ立てながらいくらあのケムリを吸い込んだところでおまえは鳥にはなれはしないのだ、と!!
そんな様々な思念に耽る余り長くなり過ぎた煙草の灰が床に落ちるその瞬間、白エプロンの主婦はM16A1で(わざわざスコープを覗いて)おれの脳天を撃ち抜くのだろう。おれの鮮やかな色をした脳みそが便器を汚すだろう。

おれは部屋で音楽を聴く時は出来るだけヘッドフォンを着用するようにしている。それで耳塞ぎながら今日もサイケデリックなお話を書いた。 fin