Scxxxers is...

散文その他。全て読み切りです。

6番目

世の中は性的なもので溢れ返っている。どの雑誌を見ても数ページ開いただけで露骨な性を表現しているし、少し外を歩くと必ずといっていいほどあらゆる場所にエロティシズムはその姿を露わにしている。洋服屋で売っている服は全て肌を隠すためではなく肌を露出するためのものだし、自動販売機に並ぶ飲料水は各々に性を主張している。この前も、スーパーマーケットにグラニュー糖を買いに1キロ足らずの道を歩いたのだが、注意していると190もの性的なものにぶつかった。だからといって別段性を否定するようなことをいうつもりもない。性が犯罪を促進させるという意見は大いにあるが、逆の場合もあるということも言えるだろう。エロティシズムに拠って文明が発達するという事実もある。それでは、お前は何が言いたいのだと問われれば、いや、別に何も言いたくないその事実だけを列挙してそしてしっかり認識して行きたいのだ。云々。
カワサキ氏がそんな話をしている時だったと思う。蜂が彼を刺したのは。カワサキ氏は熱弁をふるう余りかなり感情的になっていた。喫茶店Aの中央の席で僕とカワサキ氏が打ち合わせをしている時だった。カワサキ氏は爪楊枝を入れる容器を「性的なもの」に、水の入ったコップを「性的ではないもの」に見立てて、更に、砂糖を入れる容器を「人」と例えて机の上を右往左往させて前述したようなことを解かり易く解説していたのだった。不幸だったのは、「スーパーマーケット」に見立てたものが、前の客の忘れて行ったと思われていた精巧な作りのブローチのようなものを用いたことだった。実は、それがどこからか迷い込んできた鋼のような強靭な針を持つ殺人蜂だったことを、おれもカワサキ氏も話に夢中になっていて、全く気付かなかったのだ。カワサキ氏はおもむろにそして素早くスーパーマーケット(ブローチだと思われていた大きな蜂)を軽く掴むと机の端に移動させた。
「ここにスーパーがあるとするでしょ?グラニュー糖が安かったからさー買いに行ったのよ!」と、言っていた時には蜂(スーパーマーケット)は、なすがままにされていた。
次の瞬間、カワサキ氏は表情をさっと変えて自らの手元を見た。今思えば彼はその時、その物体にブローチにはない生き物の感触を察知したに違いない。そして、刺されたのだろう彼が苦悶の表情を浮かべた刹那、手元から鋼のような強靭な針を持つ蜂は凄まじい羽音を響かせて消えてしまったのだった。カワサキ氏は下を向いてなにやらうめき声を小さく上げはしたもののその後も話を止めることはしなかった。額に汗を浮かべて刺された右手の指を左手で押さえつけながら蜂に刺された件に関しては一切触れることなく、話題を「性の話」から「飼っているウサギ」の話に自然な流れでシフトチェンジする手腕は見事だった。
(おれはその勇姿に若干感動しながらも、ある出来事について思い出していたのだった。あれは丁度2週間前、おれが苺をあしらったショートケーキを食べた後、それを載せていた皿を洗っている時だった。その掌の大きさほどの白い皿をふかふかのスポンジで洗っている時、突然に皿は真二つに割れてしまった。さほど力を入れて擦っていたわけではない。勿論、落としてもいない。なのに、皿は当たり前のように割れてしまった。その時、例の予感を感じたのだった。よくTVで観るアレだ。あの下駄の鼻緒が切れたらげんが悪いというアレだと。それから何も不幸は訪れなかった。一度、ビデオデッキの中でテープが無茶苦茶に絡まりレンタルビデオが出て来なくなったという惨事があったのだがそれは皿の割れた件とは無関係だろう。そして、そんな出来事を忘れかけていたその時、カワサキ氏が蜂に刺されたのだった!) fin