Scxxxers is...

散文その他。全て読み切りです。

5番目

今でこそこんないろいろアレな感じになってるねんけど幼少の頃はおれめちゃくちゃ可愛いかってんやんか。3歳くらいんとき。あんまりというかほっとんど覚えてなんやけど写真見たらほんま可愛かった。髪の毛くりんくりんでお目目くりくりさせてきっと周りのひとたちを魅了してたんやと思う。母親にもやたらと「あんたは男前やー」「あんたほんま綺麗な髪してるなー」とか言われてたしな。あと多分歩き方がめちゃくちゃかわいかったんやと思うでなぜか晴れの日やのに長靴なんか履いちゃってなんかとととととととって歩いてたんやろきっと、道行く疲れた大人たちも立ち止り思わず笑みを浮かべてしまうほど恐ろしくかわいい歩き方。 すごい勢いでかわいかったんやろうと推測できる。 
小学校一年か二年の時だったと思うねんけど、当時こくごの時間に絵本を作成するという課題があってさ既存の物語でもええから自分で絵を描いてそれに文章をつけて提出してくださいみたいなやつ。自分で考えたお話でもええってゆーからおれは自分の親の仇を討つために冒険に出る鼠ってのを書こうと思ってさ、ただ至ってシンプルでなんの捻りもない粗筋やしこれだけで提出するんもなーって思っててなんかないかなって考えててんけど、その時天啓に導かれるように閃いた。ラストシーンボロボロになりながら耳とかしっぽとかとれたりしながら親の仇のボス猫の脳天につまようじを突き差す場面でそこの猫の末期の叫びの字「ぎゃああ!」だけめちゃくちゃ大きく書いてその猫の苦しみを、猫は猫でそこにただ鼠があっただけで別段悪意もなくただただ本能で行った行為の結果の報復に対する壮絶さ切なさを、その紙からはみ出すほどの大きな「ぎゃああ!」に込めてみた。これは正直当時のおれにしてみればなかなかのアイデアやと思ったよ。今でもなんか良い文章かけたらほんまうきうきした気持ちになってちょっとしたイライラもほんまちっぽけなことのように思えてくるしなんもいらん、かわいいあの子に一緒に部屋でDVD見ようとか誘われてはふはふなってた気持ちもするっと抜けてなんか特別な存在になったような気がしてきてゴージャスな感じがしてきて反面すごく清廉でストイックな心持ちに包まれてどしゃぶりの中、雨に濡れた子犬をそっと抱きあげるような優しさでキャンセルできたり、小粋に隣の部屋のやつのためにとびっきりのルッコラたっぷりピッツァなんかを注文してやったりするんやけどやっぱ当時もそれに似たような感覚があったんやと思う。ほんで発表の段になって女教師が良く出来た何作品かを発表するって言い出して、何点か紹介したあと最後にクラスの中でおれだけがオリジナルの作品やったらしくそれをみんなの前で誉めてくれて周りのやつもなんか色めきだしてやっぱちょっと気持ちよかってそれはええねんけどそのあと女教師、 
「ただこの絵本は字がすごく汚くて、大きな文字のぎゃあ!の部分しか読めませんでした^^^」 
って、にこにこしながらゆーた。 

羨望が嘲笑に変わる瞬間。 
称賛が中傷に変わる瞬間。 
白が黒に変わる瞬間。 
その時おれはその「瞬間」をはっきりと、見た。 
悔しさとか羞恥とかをないまぜにしながらおれは固まってた。 
この時おれの頭の中には二つの思いがしゅるしゅると頭の中を行ったり来たりしていた。ひとつはこの女教師は一体なにが目的なんやろう?とゆーことともうひとつはそれまでの日常生活に於いての朧気やった不可解さ。アクションもののハリウッド映画などをテレビで見てて主人公は様々な困難を切り抜けて巨悪を倒してハッピーエンドになるねんけどちょっとまてよそれはほんまにハッピーなんか?自分の仲間や家族が殺されてるのに仇を討っただけで最後はなんか全て問題ありませんでしたーみたいな雰囲気でエンドロールとかおかしいやろと。 
主人公のネズミは親ネズミを殺されて自分も負傷しながらボス猫を倒してニコニコ終わる。そんなわけないやろ?その時気付いた、この糞女教師のくだりも含めての一個のお話なんやと。こういった終わりこそが相応しかったんやなーって。 
悔しさとか羞恥とかをないまぜにしながら死んでなかった巨大なボス猫を前におれは固まってた。 
そして、ここで初めて言えるんよな。
「おしまい」 って 。

おしまい